英語育児開始!4児と母の毎日。

英語育児を中心に日々子育てに奮闘する母の赤裸々記録。

私の家庭環境。

はてなブログの方に触発されて、私も自分のことを少し書きたいと思います。

 

私の人生は色々あるのですが、ちょっとその良い面を今日はピックアップして書きたいと思います。

 

私の家庭環境を書く前に、私の父のことを少し。

 

私の父は、京都大学出身で、その中で選ばれた数名に入り、ドイツに無料で留学した経験を持っています。でも、その後教授になるんですが、何故かギリシアの文学なども教えていたようで、その後どうなって、結局どうなったか今ひとつ分からないまま、他界。

 

父は看護学校時代、受験の前日に亡くなりました。そして当日が通夜、翌日葬儀が行われました。

 

その父と過ごした二十数年間が、私の家庭環境ということになるのですが、実は父は私が幼い頃に20年以上も勤めていた大学での教授活動を辞め、突然田舎に引っ越して来ました。

 

その田舎ぶりは、となりのトトロの家、と想像していただいたらいいかと思います。

 

そのとなりのトトロのような家で、時にヨガの先生になり、時に英語の先生になり、時に数学の先生になりながらも、ほとんど日々頭の中にある面白いことに没頭する毎日、という感じでした。

 

家には数え切れない程の書物があり、それらのジャンルは実に多岐に渡っていました。

 

ヨガ、マクロビオティック、神、超古代、エジプト、ピラミッド、シャーマン、文学の本、ドイツ語の本、ギリシア語の本、手塚治虫の本、などなど。

 

特にピラミッドが好きだった父は、エジプトのピラミッドの形をした茶室兼瞑想室を我が家の千坪ほとんどが山という山の木から一から一人で作りあげました。

 

また、正16角形のグリーンハウスという建物も一人で作っていました。そのグリーンハウスの一階は趣味の陶芸ができるスペースになっていて、二階はベッドが二つあり、寝転ぶことが出来ます。そしてたくさんの木があり、そこにブランコや縄、面白い階段を作りアスレチックのようにしてくれていました。グリーンハウスと呼ばれるだけあり、周りにはたくさんの時計草が花を咲かしていました。

 

私たち子どもは、そこで多くの時間を過ごし、またすぐ裏山は山になっており、山頂にはお寺になっていて、反対側は小川になっていて、多くの時間を自然と過ごしました。

 

また、インディアンも大好きだった父は、ティピーという建物を作り、人が来るとそれを組み立ててその中で火を焚き、歌を歌い、夜な夜な語り合っていました。

 

父は皆から先生と呼ばれ、多くの人がその辺境の地に遊びに来られていました。

 

そんな私の家庭環境は、まさに野生児になりたいだけなれる場所でした。

 

また父が畑を作っていて、そこで私は青虫をとって育てていたり、田舎ならではの大きな虫にびっくりしたり、ゴキブリは全然居ないのだけど、ネズミが結構いて、私の中ではネズミとりに入ったネズミを飼っていたつもりが学校から帰ったら家の横に流れる川の中に入れられていたり……。

 

犬が一匹いて、犬と一緒に山へよく行って、家族ともきのこ狩りに行ったりもしました。

 

家では、結構お手伝いをしました。

何より、ご飯を作る時はだいたい一緒に作ったりしたので、野菜などを切ることに関してはかなり早かったと思います。

 

そして勉強面ではどうだったのか。

それが、父は私が産まれてから大人になるまで「勉強しなさい」と言ったことがありません。

 

あれをしなさい、もない。

 

私は父がすごい人であることをうっすらと感じながらも、あまりにも色々なことを聞かなさすぎたな……と今になっても後悔しています。

 

父は子どもは自ら学ぶことを決め学んで行く、というようなスタイルで私たちを育てていたようです。

 

ただ、質問した時はもうこれでもか!と答えてくれました。生きる辞書でした。

年号とか、名前とか、その関係性とか、びっくりするぐらい詳細で多岐に渡っていて、小学生にする解答でないようなことも嬉しそうに教えてくれていました。

 

家には大きなスピーカーのあるステレオがあって、そこからはいつもモーツァルトなどの音楽や、ヨガの音楽、その他ヒーリングミュージックが流れていました。

 

私はいつも何もかもを自分で考え、自分で決め、自分で行動していました。

だって親からあれしなさい、と言われないから。

 

なので私がしたいことというのは、何があってもしたいことだったのです。私はしたい、と思ったら、調べて調べて調べて最もこれがいい!と思った上で言うので、多少やめときなと周りから言われてももう相談する頃にはそれをしようと心に決めていることがほとんどです。

 

父も、教壇に立っている時に、生徒にいくら素晴らしい講義をしても、生徒自身が学びたいと強く願っていなければ、結局彼らの心には入っていかないことを痛感したそうです。

 

本人のやりたいと言う気持ちがどれほど大切で強力なものであるか、私も同感です。

 

そして私も親になり、父のようにただ居るだけの存在でいよう、と思っていました。

 

娘は本当によく気がつき、手先も器用で、地頭も良く、素直で、友だち思いで、良い子に育ってくれたなと思っています。

 

娘の友達は、片付けもしない、家の手伝いもしない、親に向かって暴言を吐く子がとても多いことを知り、本当にびっくりしました。

 

娘たちは皆楽しんで自ら考え積極的にしてくれています。

 

私はただ本当にありがとう、と言ってるだけです。

 

だけど、長女が小学校に入り、学力だけのことを考えると他の子よりも劣るところが次々に見えて来たのです。

 

長女はそちらの学力のトレーニングの方は全く行って来ていなかったのに対して、出来る子たちは公文へ行き、そろばん教室、体操教室、スイミング、ピアノと多くの習い事をしていました。

 

それが今後大きくなってからどうなっていくかは分からないけれど、その時の時点でもうすでにかなりの差がついていました。

 

娘は物作りや想像して創造する力がすごく強くて、何でも一からぱぱっと作り出す力はあるんだけど、言われたことを理解してその通りにしたり、基本的な計算などしてこなかったことに関しては当然ながら学校の授業が初めてとなり、すごく苦労していたように思います。

 

そして今年小学四年生。

 

私は急にこれでいいのかな?と思うようになりました。

もっともっと家庭学習が必要ではないのか、と思うようになりました。

 

どうやらこれ以上書けないようなので次回へ。